白夜の北欧紀行
白夜の北欧世界遺産フィヨルドとバイキングの国へ
今回の北欧旅行で立ち寄ったユネスコ世界遺産 スウェーデン ドロットニングホルム宮殿
ノルウェー ウルネスの木造教会
(スターヴ教会)

ブリッゲン(ベルゲン)
西ノルェーフィヨルド群(ソグネフィヨルド)
デンマーク クロンボー城





市庁舎


バルト海


左の建物は王宮の側面
北欧は憧れの地でした。
テレビアニメ「小さなバイキングビッケ」が好きでした。
一番いい季節に行って見ようということで、夏至の後、7月の初旬、白夜の季節に行きました。
スウェーデン・ノルウェー・デンマークと3カ国を巡りました。

KLMオランダ航空便で、アムステルダムを経由して、ノルウェーの首都ストックホルムに着きました。直行便ではなかったために、何時間かかったのか計算できないほどの長旅になりました。空港で聞こえた言葉は「首都高」でした。ん?ストックホルムの発音でした。

ストックホルムは「北のヴェネチア」とも呼ばれている14の島からなる水の都です。ヴェベチアは下水の様な匂いが街に溢れていましたが、ここストックホルムは澄んだ空気に満たされていました。

市内の建物は中世の雰囲気を今に伝える街並みでした。厳しい景観保存規制があり、新しい建物でも、外観は周囲の建物に合わせてあり、どれが新しい建物か、判別できない程です。

ストックホルム市庁舎はノーベル賞受賞者の記念晩餐会が開かれることで世界的にも有名ですが、石造りの建物はガランとして質素でした。けれども、堂々と、不足も無いではないかと思いました。常に最新のビルが建てられている日本の異常さを感じてしまいます。

王宮は街の道路に面して、えっ?これが・・・と言う雰囲気で、普通の建物でした。お城という文化を持っている日本人としては、やんごとなき方の住まいに対して、普通という建物の概念がありませんでした。そして、王宮にふさわしく、正午には衛兵の交代式が行われていました。









騎馬警官の警護姿
ドロットニングホルム宮殿とドロットニングホルム宮廷庭園は世界遺産に指定されています。庭園は西洋庭園のシンメトリーに造られていました。
宮殿の中で驚いたことは、あまり豊かでないお国柄だったために、高価な大理石を使えない部分を、例えば木の柱に大理石の模様を描いていることでした。優雅さと質素さが混在しているところでした。











SASスカンジナビア航空で、オスロを経由して、ノルウェーの第二の都市ベルゲン(ヴォーゲン)へ行きました。

ハンザ同盟の一都市として栄えた面影が随所に残っている港町です。そしてこのブリッゲン(Bryggen)のは世界遺産になっています。

ハンザ博物館はノコギリ形の三角屋根の木造の建物でした。ニシン漁で賑わっていた往時の雰囲気を留めています。狭い木の階段を登って、かいだ空気は干物のような匂いでした。小ぢんまりとした建物は、日本では私設の郷土資料館といったおもむきです。

川のように見えるのが、あこがれのフィヨルドでした。

フィヨルドを見下ろす高台に作曲家のグリーグのミュージアムがありました。グランドピアノを据えたホールは、今でも小さなコンサートに使われているそうです。小柄なグリーグの銅像もありました。

夕食後にホテル周辺を散歩しました。
白夜とネーミングした人はどなたなのでしょうか。この魅惑的な言葉に、私の想像力は刺激を受けていたと思いました。実際は延々と昼間の感覚でした。白い夜ではなく、夜遅くまで昼間だということでした。元気な太陽に照らされていて、ただ影が長くなってゆくのです。こんなに長い影は見た事が無いなと思いました。

石造りの古い城が、まるでバックライトを浴びているように輝いて見えました。またおもちゃの汽車のようなものが突然、汽笛を鳴らしながら走ってきたり、予備知識を蓄えていない私達を驚かせたりもしました。

散歩の途中でケーブルカーを発見しました。

標高320mのフロイエン山にケーブルカーで登りました。その時の往復切符です。夏は24時迄運行しています。私達は夜の10時頃(日差しが照りつけています)にケーブルカーに乗り、最終便で降りてきました。山頂駅の脇に展望台があり、そこからの景色です。黄昏を待ちました。背後に小高い山を背負う古い街並みと港とが、ゆっくりと、朱色のグラデーションで暮れていきました。最終便の24時になりました。












ベルゲンからヴォス、そしてフィヨルド観光の遊覧船が出るグドヴァンゲンへは長距離のバス移動でした。スウェーデンはヴォルヴォの国です。当然バスもヴォルヴォです。

移動中に見える景色はどこか懐かしく、たとえば奥入瀬渓谷や日光といった、私が見知っている風景、小川がサラサラと流れ、滝も湖も池もあり、小さな木造の家屋があり、のどかで豊かな自然でした。
大きく広く開けた景色ではなく、連なる山並みがせまり、峠からの眺望は「日本の原風景」とも思えるものでした。

フィヨルドは川のようにしか見えないのですが、海ですので流れがないのです。水面は静まりかえっていて鏡のように周囲の木立や山を映しています。
リフレンの美しさは、息を呑むほどの神々しさに満ちていて、ノルウェーの森に住む伝説のトロールも、悪さは出来ないような気がしました。

ノルウェーに着てから不思議に思ったのは、通る車が皆、前照灯を点けていることでした。私達はほとんど雨に降られたことがありませんで、この2週間ほどの旅でも、一度も雨に降られませんでした。輝く太陽と青空であった為に、違和感があったのです。ガイドさんに聞いて見ました。ここノルウェーでは前照灯とは言わないそうです。走行灯というそうです。車を走らせる時には点灯しなければならないそうです。
「・・・?」
「こんなに明るい季節は今だけで、後は長い暗い冬なのです」
私は素晴しいお天気で、想像力が足りなくなっていた事に気付きました。有頂天な自分を恥ずかしいなと思いました。
























グドヴァンゲンから鮭の宝庫として名高いレブスネスまで、世界自然遺産に登録されたノルウェー西海岸のフィヨルド群の一つ、ソグネフィヨルドを遊覧しました。
飛行機で上空から見たフィヨルドは、氷河と雪におおわれた、大地の裂け目のようでした。ほとんどモノクロの景色でした。観光船でのクルーズで見えるフィヨルドは、青と緑の優しげな色合いで、旅情を潤してくれました。見上げる氷河も万年雪も輝いて見えました。

氷河から溶けて流れ出る水が滝になり、フィヨルドの両岸に白い光の帯をつくっています。そして太陽の光を受けて、幾重にも虹を架けています。海だからでしょうか、カモメ達が餌をねだりに飛び交っています。
私達はこの旅行のハイライトともいえる、ソグネフィヨルド観光を思いっきり楽しみましたが、写真を撮っている暇がありませんでした。
フィヨルド観光のホムページを見つけましたので、こちらの動画をご覧下さい

レブスキーで船を降り、フィヨルドの奥まった所にあるラルダールに泊まりました。山襞に肩を寄せ合って暮らしているような、ひなびた港町です。
夕食後には街の散歩をしました。夜の10時過ぎでこの日差しです。そしてこの影の長さです。木造で石で作った丸い瓦を葺いた屋根という様式が、一般的な家屋のつくりのようです。人魚姫の絵本で見たことのある屋根でした。

フィヨルドが暮れていくところは見たのですが、朝日が昇るところを見たいと思いました。
宿泊したホテルからちょうどフィヨルドが見渡せます。遮光カーテンをひかずに待ちました。忍び寄る睡魔に負けそうになりましたが日の出です。















オスロへ向かう途中にヴォルグンドで立ち寄ったのが、12世紀にバイキングによって建てられたというスターヴ教会です。木造の最古の教会とのことです。教会というよりも、バリ島などの東南アジアの建物のような雰囲気がしました。木造としては、日本の寺社と比べて、素朴な造りだと思いました。ここでも花がたくさん咲いていました。澄んだ空気に甘やかな香りを漂わせていました。


オスロに着きました。街はストックホルムと似た雰囲気で、落ち着いた感じがします。4〜5階建て程度の建物の1Fが店舗で、上階がアパートという建物です。セブンイレブンもありますが、コンビニというよりも食品と雑貨の小さなマーケットのようなイメージです。

郊外のビュグドゥイにあるバイキング船博物館へ行きました。出土した状態の船と、復元した船が展示してありました。ロングシップと呼ばれ、オールで漕ぐようになっていました。海上では帆走もできたそうです。
8世紀から約300年間略奪や進出を繰り返した背景の一つには、フィヨルドと寒冷で急峻な痩せた土地しかなかったのもあるかなと思いました。








オスロの郊外にあるフログネル公園(Frogner Parken)です。ノルウェーの彫刻家ヴィーゲランの石の彫刻がたくさんありました。
オベリスクのような巨大な石柱は、圧倒的な存在感で、天を突いていました。それは数え切れない人間が、折り重なりよじ登り、ひしめきあっているような柱でした。人類は古代から様々な柱を建てています。この彫刻家の意図するものは分かりませんが、人間の持つ欲望の悲しさを見たような気がしました。

彫刻のあるヴィーゲラン彫刻公園を抜けると、穏やかな日常があふれる広場でした。市民の憩いの場所といった趣でした。
今、この季節の太陽を全身で受け止めようと、裸に近い格好で日光浴をする人々がたくさんいました。

8月も半ばを過ぎると秋風が立ち、やがて短い秋。そして長い冬が来ます。そのためかどうか、行く先々で、花々が咲き零れていました。








オスロからコペンハーゲンまで、スカンジナビア・シーウェイズのクイーン・スカンジナビア号でバルト海をクルージングしました。1泊でしたが、海側のバルコニー付きのキャビンは、シャワーも付いていて、快適な船旅でした。風も心地よく、海の青、空の青が美しい時間でした。海外では自動販売機はめったにお目にかからないのですが、コーラの自販機を見つけたので買ってみました。お金を入れてワクワク。ところが何の反応もありません。ゆすったりたたいたり、通りかかったボーイさんに訴えるもらちが明かず、私のお小遣いも、自販機に飲み込まれたままでした。「飲むのは私でしょ!」とモノを言わない旧式の頑丈そうな自販機に悪態をつくのが、精一杯の抵抗でした。


この北欧の旅の最終地、デンマークのコペンハーゲンの着きました。

市内観光で、アマリエンボー宮殿 (Amalienborg)・ゲフィオンの泉・クリスチャンスボー城 (Christiansborg Slot)などを見学しました。
正直に言ってしまえば、どこがどこだったか、記憶が定かではなくなっています。有名どころを効率よく周る誘惑には、これからは気を付けなければと思いました。せっかくの情報を、未消化のままにしてしまうことに気付きました。

その中で人魚姫の像( Den lille Havfrue)は記憶に残りました。
想像していたより小さく、儚げでした。
『人魚姫』はアンデルセンの有名なお話です。

この人魚姫のあらすじの載っている、素晴しいHPはこちらからどうぞ

人魚姫の下半身はうろこで覆われているはずですが、この像は足首近くまでが人間のままでした。彫刻家がモデルの足がとても美しかったために、
うろこで覆わなかったそうです。

















北シェラン島 の古城巡りをしました。

世界遺産に指定されているクロンボー城(Kronborg Slot)は、シェークスピアの戯曲「ハムレット」の舞台となったお城です。フレデリク2世の威厳と権力を感じさせる造りには圧倒させられました。華やかな舞踏会のさんざめきが今でも聞こえてきそうです。
壁面に掛けられた油絵は、中世そのままの香りでした。
ここデンマークでの最上の部屋は、西日の射す部屋だそうです。太陽の暖かさが貴重な国ゆえの話しだと思いました。
お城の裏手に土手があり、登ってみると、対岸はスウェーデンが見えました。クロンボー城の威圧的とも思える室内から出て、青空の下は、のどかな景色で夏草の匂いがしました。











 今回の北欧の旅で、多くの世界遺産を見てきました。
 時の流れに即しながら変貌をとげてゆくのが、今日的な生き方かもしれません。
 守ってゆこうという意志の下に世界遺産もありますが、時の流れに取り残された結果として、
 世界遺産になった所も有ります。

 この旅で感じたのは、時の流れに敏感であることの両面性でした。
 私達日本人は、外来文化を消化しながら、この国の形、日本の文化を創ってきました。
 変化してはいけないものに気付くこともまた、大切だなと思いました。

 あと1つは、豊かさの質でした。
 バイキングに代表される北欧人のイメージは、雲をつく巨漢でした。
 けれども、実際に見る普通の人々は、おおむねスリムで、現代の日本人と比べて、
 それほど大きくはないという事実でした。
 これは食事に関係するのではないかと思いました。必要以上は摂っていないようにみえました。 
 暮らし方も質素で、私の知っている消費社会とはずいぶん違いが有ると思いました。
 私達日本人は、なんと豊かな暮らしをしているのでしょうと思いました。
 例えば国会議事堂も日本の地方の公民館より質素です。 
 ただ、積み重ねた時の重みがあるだけです。
 贅沢品は法外とも思える消費税ですが、生活に必要な食品などにはありません。
 必要最低限で、そして、豊かであると言う事です。
 世界中の美味を食べ漁り、それでも豊かさを感じずに、もっと、まだ足りないと。そして、 
 親も子も他人も傷付けあう社会の、豊かさの質に思いを寄せなければと感じま した。


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