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「南の島へ行ってみたい」ということで、ニューカレドニアに行きました。
ちょうど、湾岸戦争がはじまっていて、ヨーロッパ・中近東は、不安な時代でした。スフインクスの鼻が無くならないうちに、エジプトへ行こうと予定していたのでしたが、「エジプトは、近辺が安定してからにしよう」と、急遽予定変更したのでした。
成田の出国ロビーも、閑散としていました。エールフランスもガラガラで、狭い座席に押し込められずに、寝そべって本を読んでいたのを思い出しました。あの頃はジード・ヘッセ・キーツ・ランボーを乱読していました。
ニュウカレドニアには8日間の滞在予定で、「天国に一番近い島」で過ごす休日に、胸をときめかせておりました。
トントウータ国際空港に降り立つと、植物の匂いがしました。よその国の飛行場に着くと、その国特有の匂いがします。ここニューカレドニアは植物園の匂いがしました。空気は乾いていて、ハワイのような感じです。
空港には迎えに車が待ってくれていました。首都のヌーメアにあるホテルまで移動して、途中で見たヌーメアの街は、私達でもすぐに地理がのみこめるほどの小さな町でした。
エフオーエルの丘からは、市内が見渡せました。眼下に広がるのは、憧れのニューカレドニアなのです。青色というカテゴリーにある青は、全てここにある!と思いました。魚をあつかっている市場も、カラフルな魚達が日差しを浴びていました。冷蔵ショウケースに並んではいませんでした。
ヌメア水族館ではノーチラスを飼育しており世界的に有名だそうです。オーム貝は化石でもよくありますが、実物も化石と同じなのは当然なのですが、感動してしまいました。日本には大規模な水族館がたくさんありますが、この水族館は、日本にあれば「私設水族館」と呼ばれるかもしれないコジンマリとした施設でした。
タクシーで「パーク フォレスティル シュルブプレ」と、慣れないフランス語で、ヌーメア自然公園に行った時のことです。
「ワン」と鳴く国鳥のカグーを見たかったのです。真昼の公園には人影はまばらで、入り口でもらった園内図をたよりに・・・。見つけました。鳥類コーナーの一角で、国鳥として特別優遇されているわけでもなく、普通の檻の仲にいました。青灰色のハトより少し大きめの目立たない鳥でした。
いくら見ていても鳴きません。非常手段!家族3人で「ワン・ワン」とほえてみました。鳴きません。檻の前を走ったり、踊ったり、ハンカチをヒラヒラさせたり、あらゆる努力をしたのですが(石は投げませんでしたよ)無視されてしまいました。コトリとも鳴きませんでした。 {後日談:上野公園で、カグーが中型犬のような声でワンワンと鳴いていました^^;}
ヌーメアの街の探検に行った時のことです。
私達の目にする人たちの多くが白人だったために、フランスに占領される以前は、メラネシアの人々の島だったということを、うっかりしてしまいました。タクシーだけではツマラナイので、路線バスに乗ろうとしました。
ちょっとした広場で、日本の温泉地によくあるバスの折り返し所ほどの広さでした。時刻表も無く、炎天下、日傘・帽子もかぶらずに、人々が、ただジーッと、ギッシリと待っていました。白人は唯の一人もいませんでした。
天国の様に美しいこの島にも、優位性を持つ人種と、それを持たない人種が、クッキリとした模様をもって存在していました。
バスから見える景色は、たとえばワイキキやペナンなどとは比べようもなく美しく青く染まり、バスは海岸線を走っていました。白い珊瑚の入り江は、どこも海水浴場になっていました。景色に見惚れながら「!!」気づいてしまいました。白人しかいない海岸と、メラネシア人しかいない海岸とが、キッチリと分かれていたのです。
日本人は白人の海岸に行ってよいそうですが、私達はあえて、誰もいない黒い岩場で、貝やカニと遊んで、ホテルに帰りました。
何所の国へ行っても、博物館へは必ずと言ってよいほど立ち寄ります。此処ニューカレドニアでも行きました。先住民の綺麗な羽や石や木で作った品が、まるで置き忘れられたようにひっそりと展示してありました。
夜、満天の星の中で、南十字星を見つけようとしましたが、見つけられませんでした。私に見えるのは偽十字星だそうです。指をさして教えてもらったのですが、ワカリマセン。偽十字星の少し左下にあるのが本物だそうですが・・・。本物より偽物の方が、堂々と誇らしげであるのはなぜでしょうか。私が「光と影」の存在を意識しだしたのは、この頃からだと思います。
ある日は、「小さな島に行ってみよう」という事になり、船でエスカぺート(英語でエスケープ・逃避)島に行きました。
一周するのに徒歩で30分ほどの小さな島です。男性の方はもしかしたら・・・嬉しいかもしれません。そこは白人のヌーディストが集まる島でした。私は目のヤリバに困り、ほとんど海ばかりを見ていました。
島のコテージが有る船着場のちょうど反対側は、人影も無く、シートも敷かずに、熱い砂浜に寝そべっていました。
赤と黒と黄色の縞模様の海蛇が水際(ラグーンには波がありません)を泳いでいました。15羽程のアジサシに似た鳥達が、水際に1列に並んでいました。私も鳥達の視線に目を遣ると、リーフの切れ目からラグーンに入ろうとして座礁した難破船が、船首をこちら側にめりこませて、中吊りのまま陽の光りを浴びていました。
ある日は、バリアリーフ遊覧の観光船に乗りました。どこに居たの?と思うほど、日本人でいっぱいでした。日本人の団体は、まるで自分達の船であるかのように、行動します。海亀が船と並泳しています。グアムやハワイで潜水艦に乗ったことがありますが、その時、窓の外の魚が餌付けされていたのを思い出しました。「もしかしてこの亀も?」とはおもいましたが、それにしても大きな亀でした。ともかく、浦島太郎さんは跨ぐことが出来ないほどの大きさでした。
ある日は、アメデ灯台まで、クルーズ船に乗って出かけました。グラスボトムボートに乗り、海の中を見ました。熱帯魚がたくさん群れていました。そしてジェットモービルに乗りました。降りそそぐ光と吹き上がる水しぶきで、海面はハレーションをおこしているようでした。
ある日は、イルデパン島で遊びました。 シュノーケルをつけて潜りました。小さな綺麗な魚達が、体に纏い付くほど近寄ってきます。日の光が微妙なコントラストを描いて、海の中に縞模様を作ります。海の中のオーロラのようだと思いました。
そして又ある日は、「もっと小さな無人島へ行こう」という事になり、リーフ島までクルーザーで出かけました。
私達は3人なのに、あちらは船長さん・奥さん(コックさん)・機関士さん・犬の4人?でした。この犬は船長さんのギターにあわせて歌を歌う犬でした。
一旦アウターリーフに出ました。外海の色は、あくまで青く、赤や黄色を1滴も含まず、青のなかに青墨を少し滴らせて出来たような色でした。群青とはこんな色を言うのかもしれないと思いました。
海の彼方に真っ白な衝立のようなものが見えました。水平線の丸みに呑み込まれるまで、えんえんと続いていました。初めは蜃気楼かなと思いましたが、もっと、クッキリと屹立していました。
船長さんに聞くと、オーストラリアのユネスコ世界遺産グレート・バリア・リーフとのことでした。海面が低くなったために取り残された珊瑚達は、海と陽に晒され、白く白く退色を続けながら、「私達はここに居ます」との凛とした存在の主張をしているようでした。
途中で釣りをしました。糸に釣り針を付けただけのシンプルなものです。青や黄色や赤い魚が釣れました・
私は体長50cm以上もある小判鮫を釣ってしまいました。機関士さんが「これは悪い魚だから」と言って、頭を木槌のようなもので何度も叩いて、海に捨てました。そのまま海に返してあげたらいいのにと思いましたが、釣ってしまったのは私です・・・。どうも、する事と思う事がチグハグしてしまいます。
小さな島へはクルーザーに積んであった小さな舟で行きました。家族3人で占領した島は、どこもかしこも美しく、シュノーケルなど必要なく、海に顔を浸けるだけで、たくさんの魚達と遊べました。
微風に肌をなぞられながら、波もないラグーンの小島は、私達のたてる水音以外いっさいの音は無く、シーンと透明に輝いていました。
ニューカレドニアのお土産には、先住民の石斧のイミテーションを買いました。緑色の石で取っ手には鳥の羽がたくさん付いていました。そして、海岸で拾ったサンゴの破片です。
楽しむために訪れた人にとっては、本当に天国に近い島だと思いました。
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