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仕事

仕事(労働)とは、奴隷制の一形態として人間が肉体や道具を用いて対象にはたらきかけ、人間や動物にとって有用なものをつくりだす行為である。

また、商品としての労働力は、肉体や頭脳を提供する代わりに、賃金を得る行動であるとも定義され、賃金奴隷制度ともいわれる。賃金を得ない活動はボランティアと呼ばれる。

道具・機械・建物・交通・通信(労働手段)を用い、土地・森林・水域・地中資源・原料(労働対象)に対して行なわれる。労働手段と労働対象を合わせて生産手段という。

国際労働機関では、望ましい労働の形としてディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の実現を目標に挙げている。また、フィラデルフィア宣言において「労働は商品ではない」という原則を掲げている。

 

 


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花崗岩

花崗岩は造山帯か否かを問わず、大陸地殻の全域にわたって広く分布している。深成岩ゆえに地表に出ている部分よりも地下深くの方が広がっていると考えられ、大陸の表面を覆う比較的薄い堆積岩の下に横たわる基盤岩の大半を占めていると考えられている。これらの大規模なもの(100km2以上)をバソリス(batholith、底盤)、100km2以下の比較的狭い範囲のものをストック(stock、岩株)と呼んでいる。

花崗岩はおそらく完新世を除くあらゆる地質年代にわたって地殻に貫入してきた。世界的には先カンブリア時代に生成したものが多いようだが、日本では中生代に生成したものが最も広い面積を占める。日本の地表では、阿武隈高地、関東北部、飛騨山脈、木曽山脈、美濃高原、近畿地方中部、瀬戸内海から中国山地、北九州などに広く分布している。

このように花崗岩は地球上ではごくありふれた存在だが、太陽系の地球以外の岩石天体にはほとんど見出されない。花崗岩の形成に水の関与が必要で、海の存在する地球でのみ花崗岩が大量に作られてきたものと考えられている

花崗岩は、玄武岩質マグマの地殻内での結晶分化作用により形成された流紋岩質マグマ、あるいは玄武岩質マグマが周囲の壁岩(一般に堆積岩等から成る)を溶融して形成された流紋岩質マグマが地上へ出ることなくゆっくりと冷却されてできるという説。放射性元素の同位体比や微量元素の含有量、また花崗岩体の規模が大きいことなどから、多くの花崗岩マグマは後者の成因によって形成されたと考えられている。






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国人

国人は、平安時代中期に成立した後期王朝国家体制の下で荘園と公領の管理者となった荘官・郡司・郷司・保司の階層や、そこに出自することの多かった鎌倉時代以降の地頭の系譜を引く在国の領主の一般的呼称で、同時代的に使われた資料用語である。幕府や守護、荘園領主など外部の支配層に対抗する在地勢力の意味で使われ、独自の領域支配をめざした。

「国人」という呼称は、「在地に居住した惣領を中心に独自の勢力を持つ武士」を指す言葉として、鎌倉時代から散見される。彼らの直接の源流は鎌倉時代の地頭職の武士にあり、そうした武士たちが土着し、在地領主となったものである。鎌倉時代には、支配層に反抗する者の意味を含む「悪党」という名で呼ばれることもあった。

この層の武士たちが重要な存在となったのは鎌倉幕府滅亡の前後から南北朝時代にかけてで、特に観応の擾乱の頃からである。南北朝時代には、諸国の政治・軍事は国元に腰を据えている領主たちによって動かされた。一方で国人たちは、中央政界の動向にも敏感に対応していった。国人は室町幕府や守護大名・荘園領主の行動を左右する実力を蓄積する在地勢力にまでに成長したのである。この背景には、南北朝の動乱期に目覚めた支配下の農民層への支配力の強化、室町幕府や守護大名の支配や干渉への対抗、馬借や問丸といった運送業の発達に伴う流通経済・地域経済の伸張がある。

領地の経営では、在国あるいは在地領主としての国人領主は、各所に散在して地方を支配するという地頭領主型の支配形態から一歩進み、本領を中心に集中性を持つ領域支配をするようになった。国人層は荘園領主と地下人の対立に介入し、代官職や所務職などを請け負うこともあった。国人領主の領域支配は、それ以前の在地領主と比べて土地と農民の支配がより強固である。検地や国人間に結ばれた人返しなどがこの例である。