思いつき記  その2

子供のころの不思議な体験

わが家から100mほど行くと淀川の堤防につき当たる。そしてその堤防を下流に向かって500mほど行くと枚方大橋がある。

今では4車線の橋で車がひっきりなしに通るが、昭和30年代初頭は今の大型バスやトラックでは行きかうことが出来ないほど狭い橋であった。当然、その頃は大きなバスやトラックはなかったし、橋を渡りきるのに10分くらいだったが、その間1台も車が通らないということが少なくなかった。

その頃高槻市は市歌にもあるが、文字通り田園都市であった。夜にもなると明かりも少なく、冬などは空気が澄んでいるため、月がない夜は満天の星空を見る事が出来た。

そんな冬の夜、犬の散歩に堤防を通り枚方大橋まで行った。体が小さかったため、犬に引っ張られるようにして連れて行かれた。犬がいなかったら闇夜に外へ出るなど、怖くてとてもでないが出来ないことだった。

帰り道は、犬も満足したのかあっちこっちと寄り道をしながらゆっくり歩んだ。おかげで美しい星空を満喫する事が出来た。

犬が止まって柱に向かって小便を始めた。『こんなところに柱が?』あったかなと目をあげると、先ほどまで輝いていた星がない。『月が出たのか』と思って東の方を見ても明かりはなかった。

柱に沿って目をあげると、ずーと上まで柱が続いていて、天頂辺りに全天の星を集めたかのような淡い明かりがあった。その明かりが大きくなってきた。吸い込まれているのだ。やがて、体が淡い光に包まれた。

辺りを見ると、そこは万華鏡の世界だった。何千何万という自分の姿がそこにあった。しかもその姿がそれぞれ勝手に動いている。

成長しているのだ。

子供から少年に、そして青年になり成人していった。勤め人、商売人、芸術家、医者、政治家、学生、犯罪者等々、成功する者、失敗する者、あらゆる人生が目の前で展開していった。

そして、ある年代を過ぎた頃から次々と倒れ出した。動いている者が少なくなってきた時、一つの光景が目に入った。

柔道着に袴姿の老人が、屈強な若者を相手に投げたり投げられたりしている。「年寄りの冷や水」と思わず口を出た言葉が聞こえたか、こちらを向いた老人と目があった。にこっと楽しげに笑って老人は逝った。非常に印象的な笑顔であった。

やがて動いている者はいなくなり、あたりは暗闇となった。

気がつくと、足元で小便を終えた犬が見上げていた。まるで『どんな人生を送りたいか?』と問いたげに。