買取のご案内

大量の反物や仮絵羽の買取

長野の反物買取は反物買取専門店の京都きものセンターまで

長野県には「一生に一度は善光寺詣り」と謂われた善光寺や、諏訪大社など古い神社、仏閣がございます。
また日本アルプスなど風光明媚な山岳地帯と、諏訪湖、白樺湖、木曽川、天竜川、千曲川など河川や湖に恵まれております。

鎌倉時代から戦国時代には、武田氏、上杉氏、北条氏など有力な武将達が勃興し、また争った土地でもあります。
戦国時代には甲斐国の武田信玄が一角抜きんでて、諏訪氏、小笠原氏などを倒してゆきます。

また大河ドラマ(2016年)でも有名な真田一族が上田城などを統治し、徳川を相手に奮闘しました。


長野県 長野市 長野県 松本市 長野県 上田市
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その他、市郡町村など
長野のお客様で反物をお持ちの方は、ぜひ京都きものセンターへご相談ください。

__長野出張買取紀行__

関西方面から名神高速を東に向かい、小牧インターで中央道へ。
長野の雄大な山々が迎えてくれます。
まずは駒ケ岳。高速よりは意外と近くにそびえているので、迫力満点です。

そして湖と周囲に広がる山脈の絶景を楽しめる諏訪湖。
諏訪サービスエリアからの景色は、多忙な日常が吹き飛ぶ素晴らしい眺めです。
東の方には八ヶ岳がゆったりと。湖と信州の山々の調和が素敵ですね。

その他にも長野には標高3000M級の山が並んでおります。
乗鞍岳。槍ヶ岳。穂高岳。白馬岳。御嶽山。などなど
雄大な山岳を前にすると、日頃の雑々とした心が洗われ清々しい気持ちになりますね。


京都の老舗呉服店 京都きものセンター 反物 呉服の買取にきっとご満足いただけます。


京都きものセンターの買取ページをご覧いただき、まことに有難うございます。
当社はお客様のご要望に応じて、反物、呉服在庫を全国に出張して買取しております。

昭和の時代に栄えた呉服産業のもと、全国各地で大量の反物、仮絵羽商品が売り買いされました。
問題なのは、この大量に生産された反物などの呉服商品を遺品として受け継いだお若い方々が、
ご処分にたいへんご苦労されております。

昭和時代の古びた反物でも大丈夫です。着物の街、京都にて呉服專門で長年商売を続けてきた
京都きものセンターは、古くなった何百、何千という反物を大量買取しております。
査定当日に現金決済にて買取価格をお支払いし、即日に大量の反物を引き取り致します。

ご父母、ご祖母より家いっぱいの反物を引き継いでお困りの方、
ぜひ一度、京都きものセンターへご相談ください。お電話、メールのほうお待ちしております。

買取専用ダイヤル TEL 0120-10-6300


京都の祇園祭


京都の7月は日本三大祭のひとつである祇園祭に人々は酔いしれます。 当社は毎年南観音山の前で売り出しをしております。
コンチキチンの音色が流れ、明るい提灯のともしびが、大勢の観光客で 賑わう古都の街を照らしだします。
当社にゆかりの深い南観音山。祇園祭りには華やかな提灯が雅に夜の京を照らします。 そして宵山の夜にはあばれ観音が不思議な情緒に。 南観音山の本尊である楊柳観音をぐるぐる巻きにして激しくゆさぶる行事です。

竹田城と「竹田屋」の屋号


京都きものセンターは、長年京都で呉服に携わってきた老舗です。
弊社では毎年「祇園祭」において着物・反物の大売出しを行っておりますが、その際は「竹田屋」という看板を掲げて売り出しを行っております。
これは京都きものセンターの屋号が「竹田屋」であるためです。
日本のマチュピチュと言われ、雲海に浮かぶ城郭を一目見ようと観光客の方が大勢訪れる竹田城。
戦乱に巻き込まれ廃城となった竹田城。京都きものセンターはその竹田城の流れを「竹田屋」の屋号に受け継ぎ、今日に到ります。


お問い合わせ

TEL 0120-10-6300
買取専用の電話です。
買取スタッフに直通いたします。

株式会社 京都きものセンター
古物商許可証 (京都府公安委員会第611020130005号)

京都きものセンターの買取実績 珠玉の呉服

振袖

振袖は未婚の女性が結婚式やパーティーで着用する、袖の長い豪華なおきものです。
江戸時代初期に、若い女性が着る着物の袖がだんだんと長くなりました。当時は踊り子たちが舞台映えのする長い袖の着物を好んで着用したそうです。未婚の女性がこの風習を真似するようになり、袖の長い振袖は結婚前の女性の着物として定着しました。

余談に着物の身丈の長さについて。
ちなみに現代のきものは「おはしょり」といって、腰のところで生地を折り、腰紐でくくり身長に合わせて、着物の丈を調整します。
実は江戸時代より前の時代には対丈(ついたけ)といって、着物は人の身長にぴったり合わせて仕立てされていました。「おはしょり」を出す必要はなかったのです。
これが江戸時代に入り、長い太平の世となると、人々は着物の丈を贅沢に長くして生活を楽しもうという風潮になります。

我々が思い浮かぶのは、祇園など花街でよく見かける舞妓さん、芸妓さん。あるいは大奥のシーンなどで華麗な衣裳をまとい裾を引きずって歩く奥方たち。いわゆる「お引きずり」の着物ですね。
京都の石畳を舞妓さんが歩いているのを見かけると、つっと裾をつまみあげて汚れないように歩いています。
江戸時代には、大奥や花街の舞妓さんばかりでなく、一般の庶民も裾の長い着物を着用していたようです。
しかし屋外では着物の裾が汚れるため、帯を巻いた後に、「からげ紐」「しごき」などを用いて着物を短く縛り、身長に合わせて使用したそうです。

「おはしょり」を留める腰紐を帯に隠して見えなくしたのは、明治時代からと謂われております。
ただ今でも七五三の「しごき帯」は、柔らかくフワッとした彩り華やかな雰囲気で、お子様の着物姿を可愛く演出いたします。
これは江戸時代の着付けの名残が残っているそうです。


艶やかな色柄の振袖の逸品