買取のご案内

大量の反物や仮絵羽の買取

石川の反物買取は反物買取専門店の京都きものセンターまで

古く治承・寿永の乱では源義仲が加賀において平氏に勝利しています。

武家政権のもとこの地域の重要性は高まり、能登国や加賀国では、前田利家、佐久間盛政らの武将が活躍しました。

前田家は秀吉の時代にこの地域に勢力を広げ、さらに江戸時代になると、加賀藩として加賀百万石と謂われる繁栄をみせます。

骨董の世界では、やはり輪島塗や九谷焼が有名です。また金沢の大樋長左衛門は、陶芸好きの憧れの的です。


石川県 金沢市 石川県 七尾市 石川県 小松市
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その他、市郡町村など
石川のお客様で反物をお持ちの方は、ぜひ京都きものセンターへご相談ください。

__石川出張買取紀行__

金沢といえば、加賀友禅、九谷焼、大樋焼と京都の伝統文化とも繋がりの深い
伝統に満ち溢れた街です。
江戸時代の元禄年間に活躍した友禅染の祖、宮崎友禅斎は、
加賀染を学んだ後に、京都にて「友禅染」を極めてゆきました。

大樋焼の祖、初代 大樋長左衛門は、京都の楽一入のもと技を磨き、
裏千家の千宗室とともに加賀に招かれ、金沢の大樋町にて作陶をはじめます。

ところで、北陸新幹線開通とともにリニューアルされた金沢駅は、
世界でもっとも美しい駅14選に選ばれております。

加賀で前田藩以降発展している能楽、加賀宝生の鼓をモチーフにして、
金沢駅の鼓門(つづみもん)の美しい造形は建設されたそうです。
また駅の天井ドームは、その近代的な美しさに圧倒され、まるで美術館のような佇まいです。

伝統と現代の調和が素敵な街、金沢。まさに金沢駅は美しい金沢を象徴するかのようです。


京都の老舗呉服店 京都きものセンター 反物 呉服の買取にきっとご満足いただけます。


京都きものセンターの買取ページをご覧いただき、まことに有難うございます。
当社はお客様のご要望に応じて、反物、呉服在庫を全国に出張して買取しております。

昭和の時代に栄えた呉服産業のもと、全国各地で大量の反物、仮絵羽商品が売り買いされました。
問題なのは、この大量に生産された反物などの呉服商品を遺品として受け継いだお若い方々が、
ご処分にたいへんご苦労されております。

昭和時代の古びた反物でも大丈夫です。着物の街、京都にて呉服專門で長年商売を続けてきた
京都きものセンターは、古くなった何百、何千という反物を大量買取しております。
査定当日に現金決済にて買取価格をお支払いし、即日に大量の反物を引き取り致します。

ご父母、ご祖母より家いっぱいの反物を引き継いでお困りの方、
ぜひ一度、京都きものセンターへご相談ください。お電話、メールのほうお待ちしております。

買取専用ダイヤル TEL 0120-10-6300


京都の祇園祭


京都の7月は日本三大祭のひとつである祇園祭に人々は酔いしれます。 当社は毎年南観音山の前で売り出しをしております。
コンチキチンの音色が流れ、明るい提灯のともしびが、大勢の観光客で 賑わう古都の街を照らしだします。
当社にゆかりの深い南観音山。祇園祭りには華やかな提灯が雅に夜の京を照らします。 そして宵山の夜にはあばれ観音が不思議な情緒に。 南観音山の本尊である楊柳観音をぐるぐる巻きにして激しくゆさぶる行事です。

竹田城と「竹田屋」の屋号


京都きものセンターは、長年京都で呉服に携わってきた老舗です。
弊社では毎年「祇園祭」において着物・反物の大売出しを行っておりますが、その際は「竹田屋」という看板を掲げて売り出しを行っております。
これは京都きものセンターの屋号が「竹田屋」であるためです。
日本のマチュピチュと言われ、雲海に浮かぶ城郭を一目見ようと観光客の方が大勢訪れる竹田城。
戦乱に巻き込まれ廃城となった竹田城。京都きものセンターはその竹田城の流れを「竹田屋」の屋号に受け継ぎ、今日に到ります。


お問い合わせ

TEL 0120-10-6300
買取専用の電話です。
買取スタッフに直通いたします。

株式会社 京都きものセンター
古物商許可証 (京都府公安委員会第611020130005号)

京都きものセンターの買取実績 珠玉の呉服

訪問着

今の時代では、既婚の女性が結婚式やパーティーに着てゆく着物としてメジャーなポジションの訪問着ですが、大正時代からの歴史と意外に最近です。
三越呉服店が売り出したそうで、外のお宅に訪問する際の着物という位置づけであったそうです。

ちなみに少し着物の変遷について。
江戸時代には宮崎友禅斎が友禅染をはじめたように、今の染や織の技術が日本各地で発祥します。
世は太平であり、庶民は衣裳にも華やぎを求めます。江戸時代前半の元禄期には色柄豊かな小袖が着用されました。今の着物の原型といえます。

平安時代には袖口が目一杯開いている大袖に対して、小袖は袖口が小さく、公家や武士には下着としての位置づけでした。
室町時代から江戸時代にかけて、上流階級でも小袖を表に出すようになります。
そして江戸時代に小袖は成熟し、慶長小袖、元禄小袖と呼ばれるような華やかな衣裳が誕生いたします。
(有名な菱川師宣の「見返り美人」は元禄小袖)


艶やかな色柄の訪問着の逸品