買取のご案内

大量の反物や仮絵羽の買取

兵庫の反物買取は反物買取専門店の京都きものセンターまで

京都きものセンターは300年の伝統をもつ「竹田屋」の屋号を掲げております。
当社が掲げる「竹田屋」の屋号の由来は、兵庫県朝来市の竹田城にございます。
室町時代に山名宗全が築城した珍しい山城の竹田城は、戦国時代に戦乱に巻き込まれます。
現在では雲海に浮かぶ竹田城が有名で、今でも多くの観光客が訪れます。「日本のマチュピチュ」とも称される素晴らしい風景を披露してくれます。

歴史の古い兵庫県は、古墳数18000超で日本一位、遺跡28000超で日本二位です。

また神戸辺りは、平清盛による大輪田泊の港が有名で、日宋貿易が盛んでした。
長崎や横浜と並び、国際色豊かな文化が育まれております。


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その他、市郡町村など
兵庫のお客様で反物をお持ちの方は、ぜひ京都きものセンターへご相談ください。

__兵庫出張買取紀行__

国道を西宮付近より西へ向かうと・・・やがて神戸の市街を抜け、海の近い須磨や明石に到ります。

来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩(もしほ)の身もこがれつつ

と百人一首の藤原定家の歌にもあるように、この松帆の浦のように平安時代より
瀬戸内の港湾は整備され、その穏やかな瀬戸の景色は賛美されておりました。

また松帆の浦辺りは、当時から製塩業が発展しており、この歌にも掛け言葉となり奥ゆかしく響きます。

平清盛の整備により重視された大輪田の泊。
また河尻泊や室生泊は奈良時代の僧、行基に築かれたとも謂われます。

明石海峡大橋を横目に見ながら、海沿いの道を進んでいると、
瀬戸内を中心に栄えた播磨国や、百人一首に読まれる景観も思い重ねられ、感慨を禁じえませんね。


京都の老舗呉服店 京都きものセンター 反物 呉服の買取にきっとご満足いただけます。


京都きものセンターの買取ページをご覧いただき、まことに有難うございます。
当社はお客様のご要望に応じて、反物、呉服在庫を全国に出張して買取しております。

昭和の時代に栄えた呉服産業のもと、全国各地で大量の反物、仮絵羽商品が売り買いされました。
問題なのは、この大量に生産された反物などの呉服商品を遺品として受け継いだお若い方々が、
ご処分にたいへんご苦労されております。

昭和時代の古びた反物でも大丈夫です。着物の街、京都にて呉服專門で長年商売を続けてきた
京都きものセンターは、古くなった何百、何千という反物を大量買取しております。
査定当日に現金決済にて買取価格をお支払いし、即日に大量の反物を引き取り致します。

ご父母、ご祖母より家いっぱいの反物を引き継いでお困りの方、
ぜひ一度、京都きものセンターへご相談ください。お電話、メールのほうお待ちしております。

買取専用ダイヤル TEL 0120-10-6300


京都の祇園祭


京都の7月は日本三大祭のひとつである祇園祭に人々は酔いしれます。 当社は毎年南観音山の前で売り出しをしております。
コンチキチンの音色が流れ、明るい提灯のともしびが、大勢の観光客で 賑わう古都の街を照らしだします。
当社にゆかりの深い南観音山。祇園祭りには華やかな提灯が雅に夜の京を照らします。 そして宵山の夜にはあばれ観音が不思議な情緒に。 南観音山の本尊である楊柳観音をぐるぐる巻きにして激しくゆさぶる行事です。

竹田城と「竹田屋」の屋号


京都きものセンターは、長年京都で呉服に携わってきた老舗です。
弊社では毎年「祇園祭」において着物・反物の大売出しを行っておりますが、その際は「竹田屋」という看板を掲げて売り出しを行っております。
これは京都きものセンターの屋号が「竹田屋」であるためです。
日本のマチュピチュと言われ、雲海に浮かぶ城郭を一目見ようと観光客の方が大勢訪れる竹田城。
戦乱に巻き込まれ廃城となった竹田城。京都きものセンターはその竹田城の流れを「竹田屋」の屋号に受け継ぎ、今日に到ります。


お問い合わせ

TEL 0120-10-6300
買取専用の電話です。
買取スタッフに直通いたします。

株式会社 京都きものセンター
古物商許可証 (京都府公安委員会第611020130005号)

京都きものセンターの買取実績 珠玉の呉服

訪問着

今の時代では、既婚の女性が結婚式やパーティーに着てゆく着物としてメジャーなポジションの訪問着ですが、大正時代からの歴史と意外に最近です。
三越呉服店が売り出したそうで、外のお宅に訪問する際の着物という位置づけであったそうです。

ちなみに少し着物の変遷について。
江戸時代には宮崎友禅斎が友禅染をはじめたように、今の染や織の技術が日本各地で発祥します。
世は太平であり、庶民は衣裳にも華やぎを求めます。江戸時代前半の元禄期には色柄豊かな小袖が着用されました。今の着物の原型といえます。

平安時代には袖口が目一杯開いている大袖に対して、小袖は袖口が小さく、公家や武士には下着としての位置づけでした。
室町時代から江戸時代にかけて、上流階級でも小袖を表に出すようになります。
そして江戸時代に小袖は成熟し、慶長小袖、元禄小袖と呼ばれるような華やかな衣裳が誕生いたします。
(有名な菱川師宣の「見返り美人」は元禄小袖)


艶やかな色柄の訪問着の逸品